習作

100編を目標に空についての小説を書く。

星空

「なぁ、あの星、地球よりもでかいんだぜ。なんなら太陽よりでかくて熱い。すごいよな、おとぎ話みたいだよな、ちょっと見上げればそんなもんがすぐにそばに見えるなんて。」

「ああ。でもすぐそばじゃないぜ。あの星は地球からはずっと遠い。光の速さは30万km/s、地球一周は4万km/sだから光は1秒で地球を7周半するくらいの速さなんだけど、あのオリオン座のベテルギウスはえっと...640光年、つまりこのめちゃくちゃ速い光の速さで進んでも640年かかる距離だよ。」

「知ってるさ。でも、俺らはそれを今ここで一緒に見れてるじゃん。ベテルギウスまで行くことは俺らが生きている間には叶わないけど、肉眼で見えないほど遠いわけじゃない。あの星と俺らとは、遠く離れているけど無関係じゃないんだ。それだけでロマンがあるじゃないか。」

「それもそうだな。」

僕は嬉しくなった。こいつと出会えただけでもうこの高校に進学した甲斐があった。

「僕、小学二年生の時に将来の夢を決めたんだ。天文学者になる夢だ。父が買って家に置いてあった科学雑誌をなんとなくペラペラめくってたら、銀河やクエーサーの写真が載ってた。それがすごく美しくて。あんな天体がこの世界に、本当に存在しているんだってことを知ってわくわくしたんだ。それから毎日晴れている日は空を見上げるようになったんだ。」

「へぇ、ロマンチストだね。」

あいつは輝くばかりの微笑を浮かべた。

「そのころ、図書館である随筆を読んだ。アマチュア天文学者の話。自宅の屋根に上って望遠鏡と星の地図とを見比べて、まだ見つかっていない星を探すんだ。一番初めに星を見つけた人にはその星の命名権が与えられるんだ。それって素敵だと思わない?」

「いいね。とても素敵だ。お前は新しい星を見つけたら何て名前を付けるんだ?」

「え...そういえば新しい星を見つけることも星に名前を付けることも素敵だと思ってたけど、そう言われてみると考えたことなかった。難しいな...」

彼はビルとビルの間の限られた星空を見上げたまま沈黙した。彼は焦らないのだ。話すべきことがあればずっと喋り続けることもあるが、聞いていて疲れない。そして普段はじっと僕の話を聞いてくれる。考えているときに口をはさんで思考を中断させない、不思議な才能を持っている。

「そうだな、俺が見つけたとしても思いつかないや。俺も将来は星に関することをやりたいと思ってた。でも、才能がなかった。高校数学でさえちんぷんかんぷんだ。そんな俺がこのまま努力を続けたって一流の天文学者・物理学者になんかなれっこないよ。学者ってのは、超優秀な一人がいれば十分なんだ。たくさんの凡人がいたってしょうがないんだよ。」

僕はいらいらした。

「お前さ、やってみなきゃわかんないじゃん!努力が足りないならもっと努力すればいい、本当に好きなら貫けよ!僕だって才能なんかない、でも、星が好きだって気持ちは本当なんだ。そのためならなんだって差し出してやる、僕の時間を全部物理につぎこんだっていい。それだけが僕にできることだ、それだけしかできないけど、僕は夢を追うよ。」

彼は目を少し細め、悲しそうに僕に向かい合った。

「君はすごいよ、そんなに自分を信じることができて、そんなに努力することにためらいがなくて。俺も君のようにいられたらどれほど幸せか。今の君はとても輝いている。でも、周りのことも見て欲しい。素敵なことは、何も星や宇宙の神秘だけじゃないよ。この世界はもっとたくさんの美しいことであふれている。」

「うん、まぁ、確かに」

「君は俺から見るとずっと我慢しているように見える。本当はもっと遊びたいし人と仲良くしたいのに自分からその可能性を閉ざしてしまっているようだ。それだけ豊かな感性を持ちながら、自分を閉ざすのはもったいないよ」

正直彼が何を言っているのかよく分からなかった。そんなことない。僕は本当に物理が、星が好きなんだ。でもとりあえず頷いておくことにした。

「俺はお前とこうやって話す時間がとても好きだ。ずっとこうしてお前が夢を語るのを聞いていたい。特に夜はそんな気分だ。俺という存在が夜に溶けて、世界に浸透していくようだ。」

「ああ、僕もこういう時間は好きだよ。お前となら何時間でも話していられるよ」

彼はいつも笑ってんのか無表情なのかよくわからないへらへら顔をしているが、このときの彼は明らかにそれとは違う表情をしていた。でも僕にはそれが笑みにもみえたし、泣きそうになっているようにも見えた。僕は、彼のことを何も知らないのかもしれない。

冬の都会の階段は冷たく、尻が冷えた。コンビニにトイレに行ったついでに彼の分のココアも買って一緒に飲んだ。吐く息は街灯に照らされて白く乱反射した。